27日目

生き急いでいまに至るとはいえ,ロートルとの出会いは少しだけそれを緩やかにしてくれた.恩師は還暦,つまり引退間近のロートルだった.でも,(兄弟子曰く)昔と変わらず情熱的で仕事も早く,ぼくには到底追いつけない存在だった.それだけでも十分なのに,同じ部屋にはその恩師である大先生も数か月だけ一緒にいた(大先生はまだご存命だけれども,当時は体力的に厳しかったので某大に仕事の拠点を移された).

 

恩師は比較的朝型で,朝の連ドラが終わると出勤していた.だから何となく9時くらいには学生が揃っていた.大先生はもっと早く,始発で出勤していた.忘年会で徹夜をして翌朝に帰ろうとした先輩は,帰り道ですれ違ったこともあるらしい.特に世間話をするわけでもなく,論文を出すときにチェックをしてもらい,拙い内容なのに「これは良いですね」と褒められていた.大先生に褒められて自信をつけていた自分が確かにそこにはいた.恥ずかしい話である.

 

ある日,大先生と面談をしたとき,「きみ,私の本は持っているかね」と聞かれた.持っていないのでそう答えたところ,「そうか,次会うときには持ってくるよ」と言われ,つまり早く論文を書けば早くもらえるのだな,と思っていた.翌朝,ぼくはいつも通り8時前にラボに来た.するとその直後,部屋の扉をノックする音がしたので誰だと思いきや,大先生だった.驚くぼくを前に,「はい.昨日,○○先生のところに電話したら1冊残っていたようで,ラッキーだったね」と.そのまま,サラサラと日付とサインをされて手渡され,「じゃ,××先生(恩師,つまり大先生のお弟子さん)によろしく」と去っていった.

 

もちろん普通の本ではなく,大先生がこれまでにどのような研究をされてきたのか,生きてきたのか,オムニバス形式でまとめられている本だった.有志による出版のため非売品,現在では数えるくらいしか確認はできないらしい.一気に読む代物ではなく,いまいち読み方がいまだに分からない.とはいえ,年に何度か開いて行間からにじみ出る雰囲気をひらりと感じている.

 

ロートルが作ってくれた道をぼくは歩んでいる.